肌寒いような

朝早く目が覚めたので授業準備。それにしても昨日の今日で疲れて起き上がる気になかなかならなかった。4月から7月上旬までは正念場だな。午前中に皮膚科に行く。

午後からは母校に行って、H先生とI先生と共同研究者と4人で会合だった。例の、延焼した翻訳解説に関するコメントを聞きに行くという会。聞き逃しがあった試問のときの反省を踏まえて、ICレコーダーを持参。けっきょく雑談を含め、合計4時間かかった。

H先生のコメントは本当にもう実に勉強になるもので、2006年の授業あたりで聞いていたことと、この翻訳解説のためにずっと調べていたことと、博士論文で取り組んでいたことの一部がすべて繋がり、頭が脳内麻薬で薬漬けになるんじゃないかというほどだった。というか、私は今まで一体何を読んで/聞いていたんだろうか。私の目も耳も節穴ではないのか。ずーっと、何年も前から折に触れ聞いていたことの延長線上にあったというのに…。岩波文庫の原稿チェックまでやったのに、私は何にも理解していなかった。帰宅してから文庫を読み直したら目から鱗で、色々愕然である。

反省としては「やはり一次資料をちゃんと見なければならない」「二次資料は信用できない」「非常に微妙なところを書く時には慎重にならなければならない」。ただ、これを全部やったとしても、そもそも私の総勉強量が足りていないので前途はなかなか険しい。それにしても、H先生が「このあたり、草刈り場はいくらでもありますよ」と仰る通り、私のD論付近といい、この解説の界隈といい、誰も研究していないことというのがそこかしこにあって、本当に「なんで誰もやらないのだろう?」という感じ。まぁだいたい誰もやっていないことというのは「やっても面白くない」か「難しすぎておいそれとやれない」かのどちらかだが、この界隈は明らかに後者だろう。確実にブルーオーシャンなのだが、水深ふかいわ、波は高いわ、どっちに島があるかわからんわで、溺れずにあっぷあっぷしながら泳ぐのが精一杯。でも私でも溺れかけながらまだ辛うじて沈んで無いんだから、若い人ももっと参入すればいいのに、と思う。ま、研究と勉強にめちゃくちゃ時間がかかるので、出来るだけ速く業績リストを埋めていきたい若手は参入しない、ということなのかな。U先生は退官されるときに「Big Problemに挑戦せよ! どうせ取り組むのだから、面白くて難しい大きな問題に取り組め。ポストのためにつまらない仕事を積むことはかまわない。しかし自分の心の中には、いつも『一生かけてこれを解明してやる!』といえるような大きな問題を野心として持って取り組んでなければいかん。Be Ambitious!」と檄を飛ばされたが、ますますもって金言に思えるなぁ。

しかし今回の原稿、できるだけうまく削って地雷原を踏まないよう、しかし歴史的証拠に忠実になるよう書かねばならない。私も気持ちを新たにして、もう一度解釈を考え直さねば…。

それはそれとして、一昨日再送したD論原稿について、H先生に「よくまとまっていると思います」「この論文には、誰も見ていない資料に基づいて、他のどこにも書いていないことが色々書いてあるので、これは学位に値する論文です。僕も勉強になりました」とお褒めの言葉を頂いたので、嬉しくて内心小躍りした(あまりにも嬉しいのでここに書いておく)。一方で、I先生には「本当は第1部・第2部のどちらかに絞って膨らませなければならないが、それをしようとするとこれから3年かかる」「日本語表現がまだまだ。しっかりコメントして戻します」と厳しいコメントを頂いているのだが、それはそれでとても嬉しい(直してもらえるとは…)。指導教官の先生方というのは、学問の精神上では親のようなものだなあとしみじみ思う。

帰宅したら、独逸の妹からイースターのチョコレートが届いていた。微妙に間に合ってないが嬉しい。