曇り気味 ほどよく蒸し暑い

なぜか上の階でずーっと水が流れている音がしていて、よく眠れなかった。

ともあれ、朝いちで出立。まずは故宮博物院へ。バスの乗り換えがよくわからなかったが適当になんとかした。

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開館後30分で着き、皆が「白菜」のある3階に殺到する中、ひとり2階の器物のお部屋へ。そしたら中は係の人を除いて無人で、なんと10分以上も宋代やら明代の焼き物を独占して、ためつすがめつすることができたのだった。静かだし、遠慮はいらないし。なんという贅沢…。

焼き物の器を満喫し、そのあと青銅器を満喫し、書をひととおり見てから(今回の展示ではあんまり絵はなかった)、4階のカフェで軽食した。朝ご飯をろくに食べてなかったので。なんだか上品なお味だったような。

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それから1階の特別展を見たらなんと四庫全書が色々出ていた。史記やら本草綱目やら。それから混んでる人並みをぬって、清代の家具を見て、戦国時代の鏡を見て、(並ぶ気が全然しなかったので)遠目に「白菜」を見て…。文字通り宝の山ですなあ、故宮博物院! あとで現地の大学の先生方に聞いたら、ぜんぶ展示しようとおもったら10年かかるほど収蔵物があるらしい。すごいなー。「博物院の研究員に知り合いがいたら、特別に収蔵品を見せてもらえることがあるよ!」って…そんな知り合いおるわけないがな…。お土産を見つくろって、いったんホテルに戻る。

それから建国玉市に出かけた。元地学部員(しかも糸魚川巡検経験あり)としては外せない。行ってみたらびっくりするくらいの規模だった。これは、うっかり元地学部員が紛れ込んだら1時間半は出てこれないのではないか。はい、私のことです。

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ウェブサイトによっては「偽物が多い」とあるが、そもそもこんな市でクオリティの高い石を見つけようというのが間違っていると思う。見たところほとんどが軟玉だと思う。これは硬玉だろなーと思うのもあったけど、1割あったかな? なぜわかると言われれば、特に色の混ざっているのは色の混ざり方(結晶の感じ)でなんとなくわかる…まぁ最近長いこと見てないし、ルーペも持ってないので信用度は低いが。しかも玉髄、瑪瑙が文字通り入り混じって玉石混交となっていて、見慣れてないと判別は難しいと思う。まぁそもそも中国で「玉」と言えば、軟玉・玉髄のことなのであって、硬玉でなければならないという理屈はないわな。玉のほかには化石やらアクセサリー用の石が売っていて、この辺は日本の相場からしてもけっこう安かった。買ったのは、瑪瑙化したアンモナイト化石(100元だか200元ほどまけてもらった、掘り出し物だと思う)、珊瑚化石を磨いて青色に着色したもの(近くのお店のおばあさんに日本語通訳してもらった。単に「インドネシアの石だ、自然色だ」と言う店主。でもどっからどう見ても着色した四放サンゴ化石)、磨いたラブラドル長石(安かった。日本じゃ5倍から10倍くらいの値段で売られてることがある)、それから安価で可愛い玉のストラップ80元を3つ。これは店主が日本語をたしなまれる方で、楽しくお買いものさせてもらった。琥珀原石(1個100元)と玉髄原石(1個50元)が売ってたのにはびびったが、さすがに衝動買いしなかった。

そうやってぶらぶら歩いてたら旧日本軍の軍刀が売られていた。昭和14年歩兵佩刀(刃渡り30センチほど)と、昭和15年文官軍刀だった。文官軍刀には鞘に武運長久とあった。あまりにしげしげ見ていたからか、店主が話しかけてくれて、鞘から抜いて刃を見せてくれた。終戦時に台湾にいた祖父が持っていた軍刀のことなどについて話した。買ったらどうなるんだろうと一瞬思ったが、税関で捕まる(というか入国した時点で銃刀法違反だと後で気づいた)ので買わなかった。他には米軍の軍刀など。ここには日本軍がいたのだなあと祖父のことを思い出した。

いったん宿に戻ってさらに出かけた。お目当てのカフェは閉まっていたので、その近くの茶葉店でさらにお茶とお茶請けを買い込んだ。お茶買いすぎ。だが、よく考えたら私の前任者は研究室に中国茶用茶器を一式残して退職されたのであり(彼の専門は中国古代天文学)、あれを使うためにもお茶は買わざるを得まい! 足をのばして、龍山寺と夜市のエリアをちょっと覗く。

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それからさらに歩いて(今日はよく歩く)、前から気になっていた麺線を食べた。うまい。

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さらにカフェで豆花を食べた。タピオカとフルーツ入り。飲み物は店員さんおすすめの越南珈琲。これも美味しかった♪

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カフェでは店員さんと英語で喋っていたのだが、いかにも東洋人な見た目なのに中国語も日本語も韓国語もしゃべらないからか「で、君はどこから来たの?」と聞かれてしまった。「日本です」と答えると「え、でも英語喋ってるやん!」と。日本語で「日本語の方がいいですか?」と言うと笑ってたけど、どうも英語の方が良さそうだった。「日本人なのに英語うまいね!」と言われて苦笑いだった。なんでそう言われるのか…試問では読解力に注意を受けるくらいなのに。結局fluencyの問題なのかなあ。日本語でもfluentな方だしな、もともと。

それにしても、この旅行だけで何回このセリフを言われたかわからない。でもこのセリフは、こと台湾ではたぶん恥ずべきもので、つまりは私は英語に頼りすぎなのだ。台湾に来るなら中国語勉強しろよという話ですよ。それを英語で何とかしようという自分の精神が浅ましい。つくづく反省した。日本語でしゃべると私はネイティブ、向こうはノンネイティブなので彼我の差が激しすぎてやりにくい、ノンネイティブ同士の英語のほうがコミュニケートしやすい、というのが、とっさの一言が英語で出てしまう理由なのだろうけども、それってつまりは日本語をしゃべるときと英語をしゃべるときで表現力や精神性が異なるということを自分で無批判に認めているということであり、これは人文学研究者としては大変よくない態度だと思う。言語が規定する態度や精神性というものについて、私はもっと慎重であるべきで、慎重である第一歩として私は英語以外の外国語をもっと真剣にやるべきだったのだ…。この話、実は後で現地大学の先生にちょっとしてみたのだけど、彼は「何事も学ぶのに遅すぎるということはないよ!」と励ましてくれた。うーん、とりあえず懸案のスペイン語を本気でちゃんとやるか…。

とにかく、「グローバリゼーションのために、大学では英語を推進!」というのに懐疑的なのは、たぶんこの辺の考え方による。日本語だけでも困るけど、オプションが英語だけでは困る。英語が規定してしまう文化や精神性、態度というものについて、我々はもっと真剣に考えるべきだと思う。

「日本語も通じる非英語圏」に来て、色々考えさせられた…これだけでも来た価値はあったんではないか。