読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夕方まで暖かった日

なんかこう、昨日の今日であまり眠れず目が覚めた。シリアルで朝食にして登校。睡眠不足で頭がいたいが、学会で話したKateがメールで論文を送ってくれたのでそれを読む。所長のTomがあらわれて、選挙結果について少し話す。朝起きて目を疑った、なんでこんなことになったのか、いろんな要素があるので分析は難しいしこれから色々考えていかないといけない、それにしてもTrumpは実業家とか言われてるけどとんでもない嘘つきで、財団はいっぱい訴訟を抱えてるし、カジノは大失敗したし、何度も破産してるし、結局はTrumpの名前をうまくブランドにして利益を得ているだけであって、savvy businessmanというのはまったくのillusionだ、何よりあんなに性差別・人種差別的発言をはっきり行った人物が大統領になるとはどういうことか、もともと共和党は1960年代からSouthern Strategyといってはっきりしない隠語でもって人種差別をするということをやってきた、たとえばwelfare queenという言葉もその一つで、自分はoffensiveだと思うけどそれをoffensiveだと見えないような形で使って表現してきたわけだが、今回の大統領はそれすらせずに明確にoffensiveな発言を繰り返している、これはいったいどういうことか、とTomは言う。私が大阪維新の話をしたら、なるほどパラレリズムがあるかも、みたいな話になった。ミネソタでもDemocratsが勝ったのはTwin Cities周辺と、Mayoのあるロチェスター、それから伝統的に民主党の強い北部の三か所だった。そのほかの地域はisolatedでpoorで若者は仕事を求めて町から都会に出てしまう、それに比べて都市部には大企業があり大学があり…というような話をきくと、日本の地方と首都圏に似ているような気もする。

あまりに眠いので昼過ぎに引き上げ、ベッドで1時間半ほど昼寝し、レモンバーとお茶を食し、散歩がてらDinkytownまでポケモン捕まえながら歩いていって、Targetでパスタとかナッツとかを購入して歩いて帰宅。食事してからパソコンあけて写真の整理をしていたらSahilがやってきて、今日はsad dayだ、という。選挙?と聞くと、そうだといい、あんなレイシストが選挙に勝ったことがショックだ、あの男1人がレイシストなのがショックなんじゃない、あれを支持した人がこの国の人間の半数もいるということが本当にショックなんだ、自分は英国を経て米国に来て14年になる、米国にはopportunityがあると言われてそう思ってやってきたが、今日初めてこの国に来たのは本当に正しい選択だったのだろうかと疑問に思った、14年で初めてこの疑問を持った、本当にショックだ、と言う。返す言葉がない。たった1年や数年いるだけの私でも、明日にでもヘイトにあうのではないかとこれほど不安に思うのだから、Sahilはどれほどだろうか、自分の周りにいる、自分が商売で取引している相手の実は半数が、お前なんていないほうがいい、さっさと国に帰れと内心思っているのかも、と考え始めて、その国に住めるだろうか。米国の毀損したものは大きい。

インターネットやFacebookを見ていて、対立軸がずれているのかもなと思い始めた。たぶん私の周りのTrump支持者の多くは本当に周囲の移民が全部邪魔で帰ればいいとまでは思ってなくて、おそらくはヒラリーへの不信や共和党の方針そのものへの賛意(pro-lifeとか)とか経済政策への期待等が主要なファクターだったっぽい。差別的発言のことはそんなに重くとらえてない(地方を活性化してくれるなら、ちょっとくらい女性差別発言しようが、外国人差別発言しようが些末でしょ、というのは日本人あるあるなので想像はしやすいはず)。一方Trump勝利にショックを受けている人たちは、経済政策とか共和党の方針がどうとかでなく、またヒラリーを心の底から信じてるかどうかも人それぞれだが、Trumpが人種差別・性差別・宗教差別をおおっぴらに公言したこと、それが選挙に勝ったことで「そういうことを言ってもOK♪」になったことに恐怖しているという点で共通している。Trumpが勝ってから、ミネソタを含む全米各地で、黒人どもめ奴隷制覚悟しろよというような落書きが発生したり、ムスリマのヒジャブがはぎとられたり、私のいる学内でも「アジア人は早く国に帰れ!」と暴言を吐かれたりという事件が既に発生している。もちろん前からあったのかもしれないが、「GOサインが出た」とひどいことを始めた人たちもいるということだ。建前のなんと大切なことか。建前があれば心の中で何を思おうが容易には行動には移らないものが、建前がなくなったことでマイノリティが格好のスケープゴート、攻撃やうさばらしの対象になってしまう。これは、political correctnessにうんざりしました、みたいなシンプルな解釈に落とし込める気がしない。公民権運動も、クイア運動も、911以降の米国ムスリム問題も、ヒスパニックもアジア人も全部ごっちゃに攻撃されていて、もう何がなんだかという感じだし。同時にもしかして外を歩いて突然殴られたりするようなことがありうるのだろうかというようなものすごい疑心暗鬼が生じて、それがすごく嫌である。そういうことがないのが米国の目指すところではなかったのだろうか。Anti-Trumpのプロテストについては、もともと選挙結果にNoを言うデモって意味あるのかなと思っていたのだが、これは選挙結果にNoを言うことそのものに意味があるのではなくて、Trumpを支持していない人がこれだけいますよ、ということ目に見える形にしていることに意味があるのだなと理解した。もしかして自分の周りは全部移民排斥主義ではないのか、と疑心暗鬼になっている人をサポートするためのデモでもあるのだろう。

一方で、おそらくTrump支持者である知人たちのなかにはFacebookで、"Make America Kind Again"とか「ちょっと待って、政治的見解が違うから友達やめるとか、喧嘩するとか、やめようよ。違う意見を持ってる人を攻撃してたら、仲間は親だけだ。もともと友達なんだからゆっくり話し合おう」とかpostしている人もいて、攻撃的でないその雰囲気にすこしなごんだ。