非常にあつい

本日休日。朝はだらだらと起き、ピザトーストをたべ、試験作りと採点枠組み作りを終えたらもう今日の仕事はおえた気分になった。昨日の残り物で食事にして、米国留学時代に買ったワンピ(というか事実上アッパッパ)を来て板間に寝転がっていたら、Gが『三月のライオン』を貸してくれたので、それを一心不乱に2巻の途中まで読んだ。夕方は踊りの先生のライブを見に行った。去年やったアレグリアスの改変版の振り付けで、ああこれは本来こういう踊りだったのね…という感じであった。帰宅してからラタトゥイユやら色々作った。

フラメンコも、やればやるほど道の遠さが見える。思えば、3歳の時に始めたピアノだって8歳のときには「自分はこの道で演奏家になるのは無理だ」と思ったものだし(実話)、18歳のときに始めた能も、自分の能力もさることながら男性用に作られたものを女性がやるという極めてわかりやすい(しかし越え難い)壁について思い悩んだものであった。10代前半の頃にゴッデンの『バレエダンサー 木曜日の子どもたち』を読み、芸術を志すものの道の遠さを思わせるマザーグースの一節を知った。Thursday's child has far to go. 木曜日のこどもの道は遠く、とはよく言ったもので、楽器も踊りも舞も、木曜日のこどものゆく道である。私はずっと自分には練習の才能がないから演奏家にはならなかったのだと思っており(そしてそれは多分正しい)、それで才能がなくてもこつこつやればどうにかなる研究の道に進んだのだと思っていた。しかし、最近教えながら思うのは、卓越した頭のキレや分析力はなくとも、少なくとも大量の文字や話し言葉を短時間に処理する能力や、そういった作業に一日10時間以上半年間とか費やして平気であるというのもひとつの才能であり、その点においておそらく統計的に私は「人並み」は外れていたのだろう、ということであった。やはり(どの時点においても折れなかったということも含めて)それなりに才能があってプロになったのかもしれない。8歳と15歳のときに「どうも私は机に向かって勉強するのが向いてそうだ」と思った直感はおそらく間違っていなかったのだろうと思う。いまだに自分の行かなかった「木曜日のこどもの道」を遥かに臨んで溜息はつくが、まぁ私が選んだ道もfar to goには違いなかった。